デビュー5年目で年間100勝達成 井上瑛太騎手=高知

~2年目を前に減量返上の苦難~

 「次代のリーディング候補」と高知競馬で期待される若手騎手がいます。井上瑛太騎手、22歳。20年10月にデビューしました。

 所属する打越勇児厩舎には2人の兄弟子がいて、高知リーディング経験もある宮川実騎手は井上騎手にとって騎手を目指すきっかけともなった憧れの存在。騎手候補生の頃から騎乗や調教について教えてもらいました。

 妹尾浩一朗騎手は宮川騎手よりも年齢の近い兄弟子。デビューの日、騎手紹介式で「ファンから何て呼ばれたいですか?」と聞かれて答えに窮している時、後ろから「瑛ちゃんって答えたら?」と助け船を出し、以来、井上騎手のニックネームが定着していきました。

 しかし、井上騎手にはデビュー間もない頃から苦難が待ち受けます。それは体重調整。見た目以上に体重が減りづらく、サウナで極限まで汗取りを頑張ってしまい、倒れることもありました。本人は当時、引退も考えたようですが、何とか踏みとどまり、取った選択肢が減量特典の返上。これは地方競馬の一部主催者では可能な方法で、デビュー2年目を目前に控えて先輩騎手と同斤量で乗る道を歩みました。当時、通算18勝。多くのファンがその先の騎手人生を案じました。

 ところが3カ月後、キーパーソンとの出会いが巡ってきました。22年1月から吉原寛人騎手(金沢)が初めて高知で期間限定騎乗をスタート。期間中の所属先を打越厩舎としたことから、調教のみならず食事を共にする機会も増え、その席でトップジョッキーの勝利に対する考え方を知ることができました。

 「吉原さんと接する機会が増えて、確実に意識が変わったと感じています。騎乗についてはあまり詳しく聞くのも、と思い、そこはとにかく見て学びました。僕が乗っていた馬が乗り替わりで吉原さんが乗ると、やっぱり成績が良くなるんですよ。いつも逃げていた馬なのに、あまり仕掛けずに行ったりとか。手も動かさずにスーッと上がっていく騎乗を初めて見た時はすごいなと思いました」

 意識の変化と研究が成績に繋がりはじめたのは翌年。それまでは年間19勝がキャリアハイだったのが、23年は58勝と一気に飛躍を果たしました。また、時を同じくして高知名物“一発逆転ファイナルレース”でも頭角を現すようになります。「若手の僕がアピールできる貴重なレース」と全力騎乗で挙げた同年11勝は、故・塚本雄大騎手と並ぶトップタイでした。

 さらに変化は訪れます。翌24年春から元騎手の倉兼育康厩舎の管理馬に騎乗するようになった頃、レースの組み立て方について倉兼調教師からこうアドバイスを受けました。

 「高知では競走馬が脚を使えるのは2ハロンが精一杯。レースの流れを見て、それをどこで使うかを考えないと」

 倉兼調教師は現役時代、韓国で「追い込みのイク」と呼ばれるなど、末脚を生かす騎乗が得意。その背景があってのアドバイスを受けて以降、井上騎手も4コーナーで慌てずひと呼吸待てるレースが増えたように感じます。

 そして、それが最もマッチしたのが一発逆転ファイナルレース。近走成績が振るわない馬同士の一戦で、鞍上の多くを若手騎手が占めるため、序盤から気合十分にハイペースになりがち。ラスト2ハロン目が15秒近くにまでなる究極のバテ合いも珍しくない中、「控えたモン勝ち」と井上騎手は前年までとは異なるレースぶりで存在感を示すようになりました。

~一発逆転ファイナルレースで存在感~

 こうして自身の立ち位置を少しずつ確立し、24年10月には倉兼厩舎のバリチューロで名古屋・ゴールド争覇を勝ち重賞初制覇。今年7月には念願の地元重賞初制覇をロードインファイトとともにトレノ賞で果たしました。

 さらに、11月29日には初の年間100勝を達成。デビュー5年目での100勝到達は近年のトップジョッキーと比べても非常に早いことが分かります(別表)。

 「今年は宮川騎手が怪我で休んでいた間、いい馬に乗せていただいたこともあると思います。宮川騎手が復帰して、また一緒に乗れるのは嬉しいですし、僕ももっと頑張らないとと思います。それと、他地区でも大きいレースを勝って、名前を広めたいです」

 目標は20代で高知リーディングを獲ること。今年は現在3位。立ちはだかるのは永森大智騎手、赤岡修次騎手。さらに通年で騎乗すれば宮川騎手の存在もありますが、近い将来に超えるかもしれない、と感じさせてくれます。