~シンメデージー 佐賀・はがくれ大賞典Vで復活の狼煙~


シンメデージーが復活の勝利を遂げました。東京ダービー(JpnⅠ)4着、名古屋グランプリ(JpnⅡ)2着などダートグレード競走で地方最先着を果たすこと6回。ダート中距離でトップレベルの活躍を見せていましたが、昨夏以降は不振にあえいでいました。そうした中、3月29日に佐賀競馬場で行われたはがくれ大賞典(地方全国交流、ダート2000m)で連覇を果たし、1年ぶりの勝利。復活の狼煙を上げることができました。ここまで一体何があったのでしょうか。
はじまりは昨夏の帝王賞(JpnⅠ)。3~4コーナーではいい脚で先頭に迫る場面も見られましたが、超一線級相手にそこから伸びきれず9着で、シンメデージーらしさが見られない一戦となりました。
その後、白山大賞典(JpnⅢ)で4着に入るも、地方馬同士の東海菊花賞で2着に敗れます。そこで、暮れの名古屋大賞典(JpnⅢ)ではブリンカーを着用しました。その意図を打越勇児調教師は「最近は追い切りで落ち着いていて、ズブさに繋がっているのかも」と説明。何とか走りに集中してくれれば、との思いでした。

今年の勝利は復活に向けて大きな意味を持つ1勝でした
しかし、最内枠からスタートを決めることができず、逆効果に。吉原寛人騎手はこう振り返ります。
「気の悪さが出ました。道中はササるしモタれるしで進んでいかず、ポジションをキープするのがやっと。それでも5着まで頑張ってはくれているんですが、内容が全然求めているものではないです。使うたびに『あれ?』ということが増えています」
肉体的な課題は見当たらず、とにかくカギは気性面。元々、砂を被って道中で大きく後退したり、3~4コーナーで気を抜いたりと、3歳春までは気の難しさを見せていた馬で、古馬になり別の形で表れたのでした。
何とか走る方に気持ちを戻そうと、名古屋大賞典後は試行錯誤の日々でした。レース後はいつも通り放牧に出し、牧場でも立て直しが計られ、競馬場に帰厩前には吉原騎手自ら牧場での調教にも乗りに行きました。実際に感触を確かめて、陣営は問題ないと判断してから競馬場に帰厩。さらに、「少しでも集中してくれないかと、シャドーロールやホライゾネットなどを試してみました」と打越調教師。そうした中で、「結果論ですけど、名古屋大賞典は疲れが取り切れていなかったのかもしれません」と、敗因も見えてきました。
だからこそ、はがくれ大賞典に向けては「今回は状態がいいので、きっかけを掴みたい」と馬を信じ、これまでと同じ装備で挑むことにしました。
レースは好スタートを決めると、3番手外につけます。2周目向正面半ばを過ぎてヴィアメント(大井)が一気に先頭に並びかけようとスパートしますが、シンメデージーも抵抗。直線ではリードを広げ、1年ぶりの勝利を手にしました。
「よかったぁ。泣きそうや」
神牟礼卓馬厩務員がそう言って出迎えると、馬上で吉原騎手も「もう一度、夢を見たいですね」と答えました。
「復活をかける一戦で、無事に結果を残せて嬉しいです。調教では状態が良くなっていて、あとは気持ちだけ。気持ちを途切れさせることなく走ってくれて、感動しています。後続が来た時にしっかりハミを取ってくれて、いい時のシンメデージーに戻ってきたかなと思います」
吉原騎手は喜びの言葉をそう紡ぎました。
打越調教師は「ホッとしました」と表情を緩め、スーツのポケットから取り出したのはクリーニング袋に入ったままの馬柄ネクタイ。
「本当は身なりを整えたいのですが、なぜか私の場合、ビシッと服装を決めると結果が良くないことが続いたので、験担ぎであえてネクタイはしませんでした」


レース前、平常心を装いながらも、ここでダメならどうしようかという不安も抱いていたはず。それを払拭する走りで「これを機に、またダートグレード競走で夢を見られたらいいなと思います」と展望しました。
具体的な次走については馬の状態を見ながらオーナーと相談して決める見込み。高知からダートグレード制覇へ、夢は続きます。
