~佐賀記念から見る地方有力馬の動向~
発行日の関係で1カ月前の話題となりますが、2月12日に佐賀記念(JpnⅢ、ダート2000m)が行われました。年末年始から西日本の地方競馬で活躍する有力馬の参戦が聞こえてきた一戦。出走した馬、選定されたものの回避した馬など、それぞれの思惑が見えた一戦を改めて振り返りたいと思います。

まずは佐賀記念3着のユメノホノオ(高知)から。23年高知三冠馬に輝いた同馬は、馬運車にはバックでないと乗り込まないなど気性面の難しさを抱えており、昨春まで一貫して地元・高知で走り続けてきました。初遠征となったのは昨年4月の韓国・YTNカップ。前日輸送ではなく、現地に何日か滞在できる形であれば可能性があるのでは、と馬主と調教師が協議の結果、自費遠征して3着に入り、昨秋に再度韓国遠征をおこない、グランプリで4着でした。
韓国遠征はユメノホノオに変化をもたらしました。これまでは馬運車の狭い枠場に入りたがらず、枠を全て取り払って広い空間を作っていましたが、今回の佐賀への輸送では狭い枠場に入ることができました。そうなれば、長距離輸送の揺れからくる疲れも多少は軽減。国内初遠征、初のダートグレード出走、さらには最内枠とクリアすべき課題はいくつもありましたが、この馬としては五分のスタートを決めると、スーッとスピードに乗って4番手につけ、直線も脚を伸ばしての3着でした。
ただ、田中守調教師も吉原寛人騎手も異口同音に「久しぶりの分、もう1本追い切りを入れたかった」と話しました。帰国初戦であり、休養先から帰厩しての状態と調整過程を考えると、大健闘と言えるでしょう。「JRA馬と斤量差がないレースでこの結果は自信になりました」と吉原騎手も敗戦からの収穫があったようです。

しかし、ユメノホノオは最後の最後に補欠から繰り上がっての出走でした。当初発表された地方馬の選定馬にはシンメデージー(高知)の名もありましたが、状態が整わず回避。同馬は12月の名古屋大賞典(JpnⅢ)5着で、「なんだか動けていないですね。ズブくなっているのか、馬場もあるのか……」と打越勇児調教師と吉原騎手は話し合っており、体のどこかが悪いというより、調教で落ち着きすぎていたり、レースでは気の悪さを出したり、といった気性面が課題のよう。現在はその立て直しを図っています。

オディロン(兵庫)は中間発表で繰り上がりましたが、右後肢に違和感があったため、回避。その後は在厩調整を続け、「思いのほか回復が早かったです」(森澤友貴調教師)とのことから、3月11日ダイオライト記念(JpnⅡ、船橋ダート2400m)に出走。この号が発行される頃には結果も出ていることでしょう。
マルカイグアス(兵庫)も繰り上がりのチャンスがありましたが、「JRAの強豪馬と戦うには、距離短縮した方がいいのかな、と考えました」(橋本忠明調教師)と目標をかきつばた記念(JpnⅢ、名古屋ダート1500m)へと切り替え。その考えの根底には、師が調教師補佐時代に携わったホクザンフィールドが03年JBCクラシック(JpnⅠ、大井ダート2000m)13着から翌年の黒船賞(JpnⅢ、高知ダート1400m)3着や、オオエライジンが12年帝王賞(JpnⅠ、大井ダート2000m)10着から同年JBCスプリント(JpnⅠ、川崎ダート1400m)6着といった距離短縮による好走経験がありました。
それが上手くハマり、かきつばた記念は5着。「序盤について行けなかったので、短距離経験を積めばもう少し対応が良くなるかも」とレース直後は短距離転向に前向きでした。しかし、レース内容を改めて検証すると、序盤の行きっぷりがやはり気になるようで、3月7日時点では距離を含めて今後の路線を検討中です。


史上初の無敗の兵庫三冠馬で、ダートグレード初挑戦となったオケマル(兵庫)は佐賀記念に出走し6着。長距離輸送を経てプラス5キロは陣営にとってやや誤算だったようで、「輸送で減るかと思っていましたが減らず、少し太かったかも」と盛本信春調教師。「道中はずっと追い続けていて、ダートグレードの速いペースに慣れないといけませんね」と下原理騎手は地元戦との流れの違いにも言及しました。
このように、西日本各地の地方競馬を代表する馬の動向が見え隠れした佐賀記念。以前にも増して、様々な地区や厩舎からダートグレード制覇を目指す馬が増えたように感じます。今年もいずれかのレースで、地方馬によるダートグレード制覇を心待ちにしたいと思います。
