~園田・ゴールデンジョッキーカップ 大井ゆかりの騎手が表彰台独占~

 9月24日、園田競馬場でゴールデンジョッキーカップが行われました。通算2000勝以上の名手がJRA・地方競馬から集い、3戦の着順に応じたポイントで覇を競うお祭り的な一日。小牧太騎手が「最年長になってしまったけど、横山典弘くんと同級生。あと何回一緒に乗れるか分からないので、楽しんで乗りたいです」と騎手紹介式で話せば、離れた所に立っていた横山騎手は体を前後に動かして小牧騎手と目を合わせて嬉しそうに笑いました。

 検量室前でもレースの合間は同様の雰囲気。戸崎圭太騎手が「すっかりYouTuberやな」とイジられると、吉原寛人騎手はすかさず「僕、ベリベリチャンネルに出ることが目標なの!」と出演を希望し、笑いに包まれました。

 しかしながら、レースになると痺れる好騎乗を見せるのが名手。12頭が揃った第1戦、好スタートを決めると、地元調教師は「全員出た! 誰も出遅れへんもんなあ」と感嘆の声を漏らしました。勝ったのは戸崎騎手。「ワンペースな馬と聞いていたので、スタートを出てからリズムを崩さず、なるべく前々でと思っていました」と話しました。

 第2戦はスタートから最初のコーナーまでが短い1230m。砂を被らず運びたい馬にとっては序盤でいかにいい位置を取れるかが大きなポイントとなる中、矢野貴之騎手が「ポジションを必死に取りに行きました」と逃げ切り勝ちを収めました。矢野騎手は第1戦で2着だったため、暫定首位かと思いきや、初戦を勝った戸崎騎手も第2戦で2着に入り、高ポイントで2人がトップに並びます。さらに、最終戦を勝てば逆転優勝の可能性のある騎手も数名という状況で、最終戦を制したのは、笹川翼騎手でした。

 優勝争いをしていた矢野騎手は5着、戸崎騎手は9着により、総合優勝は矢野騎手に輝きました。2位戸崎騎手で、3位には最終戦で高ポイントを獲得した笹川騎手。大井にルーツのある3名の表彰台独占は、ゴールデンJCのみならず、地方競馬ジョッキーズチャンピオンシップや前身のスーパージョッキーズトライアルの歴史を振り返っても初めてでした。これには3人も口を揃えて「大井出身ジョッキーで表彰台を固められて、嬉しいです」と笑顔。戸崎騎手がリーディングとして牽引し、矢野騎手や笹川騎手はその背中を追いかけた結果だったと言えるでしょう。

~優勝3度の田中学調教師が誘導馬騎乗~

 白熱の最終戦が行われる1時間前、検量室前にワイシャツを着た田中学調教師が姿を見せました。2012年、16年17年と3度、ゴールデンJCを優勝した名手は今年8月に調教師試験合格に伴い騎手を引退。晩年は腰痛や足の痺れに悩まされ、23年ジャパンカップで騎乗予定だったチェスナットコートで乗り替わりとなって以降、馬に乗ることのないままの転身でしたが、ゴールデンJC第3戦の誘導馬に騎乗することとなったのです。過去にもゴールデンJCでは彼の父でもある田中道夫調教師や、平松徳彦調教師、故・寺嶋正勝調教師、北野真弘調教師、永島太郎調教師、木村健調教師などかつての出場者が誘導馬に騎乗しました。

 誘導を控えた田中学調教師を見つけるなり駆け寄ってきたのは笹川騎手。「お世話になりました」と握手しました。様々なレースでの思い出があるでしょうが、ファンとして思い起こすのは、田中学調教師からバトンを受け取ってJBCスプリントを勝ったイグナイターのこと。深く頭を下げて立ち去ったところで、今度は永森大智騎手がはにかみながら「お久しぶりです」と挨拶にやってくるなど、久しぶりの先輩の姿に名手たちも喜んでいました。

 本人はというと、誘導馬騎乗を前にこう話しました。

 「こんなに早く馬に乗る日が来るとは思いませんでした。騎手を辞めて6キロ増えたけど、誘導馬に乗ると決まって絞りました」

 かつて、幼馴染の木村健調教師と二人で兵庫を牽引していた頃、騎乗スタイルから「静の田中、動の木村」と言われていました。誘導馬騎乗もまさにその雰囲気。かつて木村健調教師が誘導馬騎乗した際には馬道で見つめる関係者一人ひとりに声をかけ、手を振りながらの誘導で、後続の騎手からは「渋滞するわ(笑)」と野次を飛ばされたのに対し、田中学調教師は照れ笑いを浮かべながら、一歩一歩、踏みしめるように馬場へと歩いて行きました。

 騎手引退時、「一度は騎手に戻りたくて、トレーニングや木馬にも乗ったけど、すぐに足の痺れが酷くなってしまいました。もうどうしたらいいか分からなくて、悩みに悩んで……」と胸中を吐露した田中学調教師。ゴールデンJC最終戦を調教師控室のある2階テラスから見つめた時、どんなことを感じたのでしょうか。地元・園田を盛り上げたい一心で駆け抜けた騎手魂は、きっと後輩に受け継がれていくことと思います。