育成調教とともに変わる浅屈腱の太さ
「この馬は、少し屈腱が太いですね」。育成馬の肢元を見て、そんな言葉が交わされることがあります。屈腱炎が頭をよぎり、将来の競走生活が気になる方もいるでしょう。ただ、育成期の馬は、調教を通じて体をつくっている途中です。その太さをどう受け止めるか考えるには、腱にも成長や運動に伴う変化があることを知っておく必要があります。

浅屈腱は前肢の管部の掌側(裏側)を走り(図1)、人で言うアキレス腱のような役割を担っています。浅屈腱炎は、この腱の線維が損傷するなどして生じ、腫脹や熱感、圧痛を伴います。エコーでは、腱の断面積の増大や低エコー領域、線維配列の乱れなどが認められます。発症後は長期の休養を要し、復帰後の再発や引退につながることもある疾病です。一般のJRA平地競走馬を対象とした1999年の調査では、1年間に前肢の浅屈腱炎が認められた割合は11.1%でした(Kasashima et al., 2004)。屈腱の太さに注意が向くのも、こうした病気だからこそです。

一方で、腱が太くなる背景には、調教への適応が関わる場合もあります(図2)。過去の報告では、成長期のサラブレッドに放牧に加えて運動を行うと、放牧のみの場合より浅屈腱の断面積の増加が大きかったとされています(Kasashima et al., 2002)。2歳馬でも、調教開始の13週間後には調教群の腱が非調教群より太かったと報告されています(Perkins et al., 2004)。
運動に伴う腱の変化は、人でも複数調べられています。健康な若い男性を対象とした研究では、12週間の筋力トレーニングで膝の腱の一部が太くなりました(Kongsgaard et al., 2007)。人と馬では条件が異なりますが、育成馬の「屈腱太め」にも、体づくりの過程で生じた変化が含まれる可能性があります。育成期の腫脹を競走期の腫脹と一律に同じ意味で捉えず、成長や調教の経過を踏まえて見ることが大切なのです。
もちろん、育成期だから心配ないと判断することはできません。そこで重要になるのが、太さに加えて、熱や痛み、腱の内部の状態を確かめることです。JRAでは毎年約80頭の育成馬を育てています。そのなかで、複数の本会獣医師が目合せし「屈腱太め」と判断した馬については、ブリーズアップセールの個体情報冊子に必ずその旨を記載しています。売却前には必ずエコー検査を行い、腱の実質に問題がないことを確認し、エコー画像も開示したうえで上場しています。
では、こうして売却した「太め」の馬は、その後、屈腱炎を起こしやすかったのでしょうか。2013~2025年の売却馬について競走期の発症状況を調べたところ、暫定集計では、「屈腱太め」の中央登録馬のうち、屈腱炎または屈腱不全断裂を発症したのは4頭、約6%でした。太めとされなかった馬では約10%で、両群の発症割合に統計的な差は認められませんでした。また、4頭のうち、売却時に太めとされた肢で発症したのは2頭でした(なお、この調査は追跡期間が異なるため、先ほどの年間11.1%という数字とは直接比較できません)。


今回の結果は、検査で腱の実質に問題がないことを確認した馬について、売却時の太さだけで将来の故障を心配しすぎる必要はないことを示唆しています。ただし、発症しないことを保証するものではなく、太くなった理由まで分かったわけでもありません。育成期の腱が調教に伴ってどのように変わるのかを知るには、太さとともに、その内部の変化を追っていく必要があります。
近年は、こうした腱の内部構造を調べる機器として、UTC(Ultrasound Tissue Characterization)が開発されています。超音波のプローブを腱に沿って自動で動かし(図3)、連続して撮影した断面画像をコンピューターで解析(図4)することで、腱線維の配列を色分けや数値で示します(van Schie et al., 2003; Plevin et al., 2019)。同じ馬を繰り返し測定すれば、太さの変化と内部構造の変化を合わせて追うことができます。今後はこの機器を使い、育成期の屈腱がどのような変化をたどるのか、太めの馬にはどのような特徴があるのかを調べていきたいと考えています。
日高育成牧場
業務課 主査
福田一平