【優駿牝馬】ジュウリョクピエロがオークス制覇!飛野牧場は静内地区で初めて日本ダービー馬とオークス馬を生産した牧場に!

 第87回優駿牝馬(GⅠ、1着賞金1億5000万円、東京芝2400m、5月24日)は、新ひだか町飛野牧場生産のジュウリョクピエロ(父オルフェーヴル、母ハッピーヴァリュー=ゼンノロブロイ、馬主・近藤健介氏、栗東・寺島良厩舎)が、直線で馬群のど真ん中を突き抜け3歳女王の座を射止めた。飛野牧場生産馬のGⅠ勝利は3勝目。オルフェーヴル産駒の国内外のGⅠ級競走は12勝目だった。


 新ひだか町静内真歌には、霧がよくかかるという。太平洋岸で発生した移流霧は、多種のミネラルを牧場に運ぶ。「ここはイギリスと似ています。この地区から活躍馬が多く出ているのは、偶然ではないと思うんです。自然の力も借りて強い馬が育つ。うまく利用しないと」。

 飛野牧場の飛野正昭代表が利点を強調するこの地に牧場を起こしたのは、1970年(昭和45年)。馬車馬と牛を頼りに文字通り一からスタートした牧場は、03年にはネームヴァリューが帝王賞を勝ち、19年にはロジャーバローズが日本ダービーを制覇。ジュウリョクピエロのオークス優勝により、静内地区では初めてダービー馬とオークス馬を生産した牧場になった。「死に物狂いで働いている」と飛野代表は現在進行形で言葉をつないだ。

 寝る間も惜しんで続けてきた血統の探求は牧場経営の礎だ。一流馬を知るため、海外を飛び回った。「血を信じて続けないと牧場は伸びていかない」と世界中にアンテナを張り、積極的に繁殖を導入してきた。

 ジュウリョクピエロの3代母に当たるマジソンカウンティもその1頭。米国競馬史上初めて無敗で三冠を達成したシアトルスルーを父に持つ繁殖を求め渡米。そこで出会ったのがマジソンカウンティだった。「シアトルスルーの肌は価格が高い以前に人気がすごすぎてすぐ買われてしまう。マジソンカウンティは両脚が内向で見た目は良くありませんでしたが、その母の父にはグロースタークがいる。シアトルスルーも脚は曲がっていた。自分を信じました」。

 牧場にやってきたマジソンカウンティのお腹にいたオナーアンドグローリーの牝駒はネームヴァリューと馬名が付けられ、JRAで4勝を挙げた後、船橋の川島正行厩舎に転厩。ゴールドアリュールを下し帝王賞を制覇するなど、JRAや牡馬を倒す活躍を続け日本の競馬史に名を刻んだ。「今ある厩舎や建物はネームヴァリューのおかげ。こうやって馬に恩返ししてもらっています。でも、帝王賞を勝った時は、うれしいより次は中央のGⅠ馬をと強く思いました」。帝王賞優勝から16年後、飛野代表が英国のセールで購入したリトルブックから生まれたロジャーバローズが夢を叶えた。

 ジュウリョクピエロのファミリーは、割と素直で優しいそうだ。配合相手にオルフェーヴルを選んだのは「荒々しい血を入れたかった」から。牧場にいたころは病気もせず、順調に成長したという。「ダイヤの原石に磨きをかけるのは、育成や厩舎の仕事です。競馬で勝てるのはみんなの力が合わさったとき。どこか欠けると勝つことはできません」。オークス前日には、寺島師が管理する飛野牧場生産所有のハナコトバ(牝3)を新潟芝2400mのレースに出走させ今村聖奈騎手に騎乗させた。

 繁殖18頭の牧場が、日本ダービーに続きオークスも制覇した。「競馬場中が祝福してくれて、喜んでくれて本当にありがたかった。静内に帰って来たのは夜中。それでも待っていてくれた人たちがいました。うれしいもんだよね。感謝の気持ちでいっぱいです」と話す飛野代表が次に目標とするのは天皇賞。フランケルやドバウィを父に持つ世界的な繁殖が牧場の未来を担う。

 昨年10月、新ひだか町桜舞馬公園の墓碑にネームヴァリューの馬名が刻銘された。「26歳まで生きてくれました。大事に大事に育ててきた血統が成功するのは相当な時間がかかります。それでも信じて続けないとその血はつながりません」。牧場ではネームヴァリューの子供たちがマジソンカウンティの血をつなげている。ジュウリョクピエロの母ハッピーヴァリューは今年カラヴァッジオの牝馬を出産した。