本田正重(ほんだ・まさしげ)騎手=船橋
~WASJに地方競馬代表として出場~
船橋の本田正重騎手は、8月23日と24日に札幌競馬場で行われた2025ワールドオールスタージョッキーズ(WASJ)に地方競馬代表として出場しました。結果は総合6位でしたが、それ以上に爪痕を残した2日間。初めての全国区となる舞台で実力を示しました。

本田騎手は東京都江東区出身の37歳。小学校では野球、中学校ではサッカーに取り組む活発なスポーツ少年として過ごしました。友人の影響で、小学校6年生から中山乗馬スポーツ少年団に入団し、自然な流れでジョッキーの道へ。
05年10月に船橋競馬場からデビューを果たし、早いもので丸20年が経ちました。13年の平和賞でナイトバロンとともに重賞初制覇。17年のジャパンダートダービーではヒガシウィルウィン、23年の浦和記念ではディクティオンで、それぞれの主戦ジョッキー負傷により代打騎乗Vを飾り、大一番での勝負強さを見せました。
昨年まで船橋リーディングは、地方リーディングでもあった森泰斗騎手(現・調教師)が取ることが多く、ジョッキーが主役となる各場の騎手招待レースは森元騎手が船橋代表として出場してきました。本田騎手はリーディング上位ではあるものの無縁。しかし、森元騎手が調教師になったことで、今年は本田騎手がリーディングとなり、船橋を代表してワールドオールスタージョッキーズの地方代表騎手を決める地方競馬ジョッキーズチャンピオンシップに出場。見事に優勝し、本戦に挑みました。
~JRA初勝利!~

2日間の騎乗数はワールドオールスタージョッキーズ4鞍、エキストラ11鞍(1鞍は除外)、合計14鞍に騎乗。初日は勝ち星を挙げることはできませんでしたが、人気薄の馬を上位に持ってくるシーンが多く見られました。「緊張もなく、勝ちに対しての焦りはなかったです。下手に乗ったなと思うレースもなかったので、初日は満足しています」。
2日目は1Rで7番人気マーゴットサンズに騎乗し、直線抜け出し後続に5馬身差をつける快勝。今回の目標のひとつ、JRA初勝利を挙げました。「終始楽な手応えでした。素直にうれしかったし、ホッとしました」。
ワールドオールスタージョッキーズの成績をまとめると、第1戦14着(14番人気)、第2戦4着(7番人気)、第3戦8着(12番人気)、第4戦3着(3番人気)。
本田騎手がこの遠征で一番印象に残っているのは『第4戦』と話します。3番人気ジェットマグナムとコンビを組み、最後に猛追してクビ+ハナ差の3着でした。「2日間で唯一悔いが残っています。前の馬が外に張っていて、4コーナーでその内を行こうかなとも思いましたが、戻ってきそうな気もしたので、その外のポジションを選びましたが……。結果論ですが、内に行っていたら勝っていたかもしれないなと。今回、いろんな方から『JRA初勝利おめでとう』と言われるのですが、自分自身は(4戦目の)悔しさのほうが大きいです」。いつもは淡々としているイメージですが、悔しさがにじみ出ていました。
この2日間は多くのジョッキーと交流を持てたことも財産になったそうです。優勝したドイツのトール・ハマーハンセン騎手とは接触する機会が多くあったそうで「ウイニング競馬の取材を受けた時、司会の冨田有紀アナウンサーがドイツ留学に行ったことがあるということで、ドイツ語の『すばらしい』という意味を教えてもらいました。ハマーハンセン騎手が勝った時に言おうと思いましたが、最初は単語が思い出せませんでした(笑)。2日目に思い出したので、『ブンダバー(ドイツ語のすばらしい)』と伝えたら『イエス、パーフェクト!』と英語で返されました(笑)。ハマーハンセン騎手は乗り方にソツがないし、飄々としているし。他のジョッキーもみんな上手ですよね。とても刺激になりました」。
~船橋ジョッキーみんなでレベルを上げたい~
現在の本田騎手は再び南関東競馬で、地元の船橋をはじめ、浦和、大井、川崎と週末以外はほぼ毎日のように競馬に乗り続ける日々。
船橋はかつて、石崎隆之騎手、桑島孝春騎手、張田京騎手、佐藤隆騎手らが騎手王国を作り上げ、その後を森騎手が継いでいました。「泰斗さんに少しでも近づけるようになりたいですし、船橋ジョッキーが弱体化したと思われないように、みんなで全体的なレベルを上げていきたいです」と力を込めました。
『船橋の本田正重騎手』をJRAファンや関係者にも存分にアピールできた2日間。「アピールできた実感はないですが、アピールできたのならうれしいです。出場する前よりも、また出場したいという想いが強くなっています」と微笑みました。本田騎手をはじめとした船橋ジョッキーズのこれからに期待します!
