東京湾カップ優勝ケンシレインボー

~山中悠希騎手デビュー14年での初タイトル~
5月8日の船橋競馬場で南関東3歳馬による東京湾カップ(SⅡ)が行われました。1着馬に東京ダービー(6月11日、大井)の優先出走権が与えられるトライアル。山中悠希騎手が手綱を取った3番人気ケンシレインボー(牡、父レインボーライン、母グローリアスイリス=メイショウサムソン、新冠・㈱ホース・マネジメント・ボス生産、馬主・林田憲次氏、船橋・佐藤裕太厩舎)が優勝しました。道中はインの5、6番手を追走。最後の直線で外目に持ち出すと、力強く抜け出しました。重賞5度目の挑戦で、念願の初タイトルを獲得。ゴール板を過ぎると山中騎手は雄叫びをあげ、自身もデビューから14年で勝ち取った念願の勲章に喜びをあらわにしました。

調教パートナーでもある愛馬について山中騎手は「状態は万全でした。先行争いが厳しくなるのはわかっていたので、どこからでも競馬ができるこの馬が一番有利なんじゃないかなと。ペースも流れていたので、どれだけしまいの脚を使ってくれるかなと思っていましたが、前もうまいこと開いてくれて、いい手応えでした。重賞を勝つまでに時間はかかりましたが、応援してくれている佐藤裕太厩舎の馬で初重賞を勝てたことがすごくうれしいです。騎手人生でも大きい1勝でした」と振り返っていました。
山中騎手はここ数年で騎乗数も勝ち星もグンと増えました。今年は38勝をあげ、南関東リーディング7位と初のベスト10入り(5月25日現在)。「応援してくれる人が増えたからだと思います」とニッコリ。
山中騎手は東京都出身の31歳。競馬とは無縁の家庭で育ちましたが、中学校で初めて東京競馬場へ行き、レースの迫力と騎手の格好良さに魅了され、騎手の道を目指しました。ご縁があった船橋競馬場で2012年4月にデビュー。フリーになったのは5年ほど前で、先輩騎手でもあった佐藤調教師が管理する馬に乗る機会が増えていきました。

その辺りの経緯を佐藤調教師に聞いてみると「自分は調教に乗るので、他の騎手たちの姿も近くから見ています。当時の悠希はチャンスが少なく、調教に乗っている姿も不満を抱えているのだろうなぁというのは伝わってきました。自分も似た境遇だったので、気持ちはすごくわかりました。3年前くらいに癖のある馬が入厩しましたが、ひらめきですけど、この馬を悠希に乗ってもらって、力になれればいいなぁと。担当の高野香緒里厩務員はすごく馬をかわいがってくれるので、悠希にも『普段の調教から愛情を注いでくれ』とだけ伝えました。言われた通りに、かわいがりながら仕上げてくれたのには感動しました。レースでも勝ってくれて、そこからが始まりです」
~地元・船橋への恩返し~

佐藤調教師は騎手時代に調教パートナーとして数多くの名馬に関わりましたが、自身がレースに騎乗する機会は少なく、重賞を勝つことはできませんでした。それでも21年ほどの騎手生活を地道に黙々と頑張り続けた日々。
山中騎手を自分の騎手時代に重ね合わせたという佐藤調教師は優勝後の囲みインタビューで「騎手の時は重賞を勝てなかったので、悠希には『代わりに勝ってくれ。楽しんで乗ってきてくれ』と伝えました。3コーナーの手応えでは勝てるなと思って、最後は『悠希』と10回くらい叫んでいました。悠希に重賞を勝たせたいと思っていたので、ひとつの目標が達成できました。調教から懸命に乗っている船橋の騎手はたくさんいます。自分も調教師になって11年。これまでは自分のことで精一杯でしたが、今度は船橋への恩返しの意味も込めて、地元のジョッキーたちを育てていきたいです」と、涙ながらに語りました。
振り返れば、ケンシレインボーは山中騎手の後輩でもある岡村健司騎手が主戦でした。しかし、岡村騎手は大怪我により戦線離脱。「代打で、悠希に調教を任せました。レースに乗ることは決まっていませんでしたが、一生懸命に仕上げてくれて、それが全てではありませんが悠希と重賞を勝ちたいという気持ちが強くなって、林田オーナーにお願いをしました。岡村も怪我で乗ることができなくなってとても悔しかったと思いますが、重賞の口取りの時に、悠希の足を上げて馬に乗せてくれて、写真も一緒に入ってくれました。岡村は佐賀で重賞を勝っていますが、今度は南関東で一緒に取りたいです」
~東京ダービーに向けて~
現在のケンシレインボーは優先出走権を獲得した東京ダービーに向けて順調に調整中とのこと。山中騎手は「馬は非力ですけど、競馬センスと根性がすごくあります。ダービーは初めて乗りますが、人馬ともに怪我なく臨むことができれば」とコメント。佐藤調教師は「光栄なレースです。相手は強くなりますが、出すからには万全の状態でどこまで戦えるのか楽しみにしています」と力を込めました。
