レンサ球菌による馬の感染症

はじめに

 細菌を顕微鏡で観察すると、菌の種類に応じて竹の節、葡萄の房、螺旋状など、さまざまな形をしていることが分かります。このなかでも、数珠のように連鎖した細菌(写真①)はレンサ球菌属いわゆるストレプトコッカス属の菌です。レンサ球菌による馬の感染症には、集団感染を引き起こして競馬開催に影響するものから、日常的に遭遇するさまざまな病気の原因となるものまで存在します。今回は、こうした馬のレンサ球菌感染症について深掘りしたいと思います。

腺疫

 腺疫は、レンサ球菌属の一種である腺疫菌によって起こる感染症で、馬のレンサ球菌感染症としては最も有名です。日本では古くから「ナイラ」という病気として知られていました。戦後、国内の馬産業が軍馬や農用馬から競走馬中心へ移行するにつれて発生は少なくなり、一旦は姿を消したように思われましたが、1992年に米国から輸入された肉用馬とともに国内へ侵入しました。以降、日高管内や栗東トレセンなどで発生が確認されましたが、2006~2007年の福島の肥育牧場における集団発生を最後に、国内では見られなくなっています。

 腺疫は伝染性が非常に強く、2017年にはオーストラリア・ビクトリア州ワンガラッタ競馬場において、腺疫の集団感染により競馬開催が中止される事態となりました。腺疫に感染した馬は、発熱や膿性鼻汁に加えて、下顎や耳下にあるリンパ節が腫れたり、破裂して膿汁を排出したりします(写真②)。鼻汁や膿汁には大量の腺疫菌が含まれており、新たな感染源となります。そのため、感染が確認された馬は速やかに隔離することが重要です。

 ほとんどの感染馬は抗菌薬治療によって回復しますが、一部の馬は回復後も喉嚢内から持続的に菌を排出する保菌馬となります。回復後も適切な検査や必要な治療を行い、保菌馬をなくしていくことが、腺疫を蔓延させないうえで非常に重要な対策となります。

 腺疫はオーストラリア以外でも世界各地で発生しています。馬の移動に伴って海外から国内に侵入する可能性が常にある病気であるため、発熱や鼻汁に加え、頭部のリンパ節が腫れるなど、腺疫を疑う症状が認められた場合には、速やかに獣医師に相談することが大切です。

ストレプトコッカス・ズーエピデミカス感染症

 この感染症は、腺疫菌と非常に近縁なS.ズーエピデミカスというレンサ球菌によって起こる感染症です。この菌は健康な馬の咽頭に常在しており、馬の免疫力が低下した際に病気を引き起こします。

 競走馬ではしばしば問題となる輸送性肺炎の主な原因菌が本菌です。一方、生産地においては感染性子宮内膜炎や流産の原因菌としても重要です。そのほかにも、フレグモーネ、膿瘍、皮膚炎、角膜炎など多様な感染症の原因になることから、生産地で日常的に認められる細菌感染症の多くには本菌が関与している可能性があります。

 本病は腺疫と異なり伝染性はないとされていますが、菌が咽頭に潜伏して病気を起こす機会を常にうかがっている点で非常に厄介な病気です。馬に過度なストレスがかからないような飼育管理を行うことが病気を予防するために重要です。加えて、腺疫は馬のみが感染しますが、本病は犬、猫、さらには人への感染例も報告されています。幸い、健康な人が感染することはほとんどないと考えられていますが、馬を取り扱ったあとは手洗いを行うなど、基本的な衛生対策が推奨されます。

その他のレンサ球菌感染症

 人の肺炎の原因として知られる肺炎球菌、咽頭炎の原因となる化膿レンサ球菌などは、馬に気管炎などを起こすことがありますが、症状は軽度であり、馬医療において大きな問題となることはありません。

 一方、豚で敗血症や心内膜炎などを引き起こすストレプトコッカス・エクイシミリスという菌は、発生頻度こそ低いものの、馬においても上記のレンサ球菌と同様に膿瘍や呼吸器感染症の原因となるため注意が必要です。また、細菌学的特徴が腺疫菌と非常に類似しているため、検査担当者泣かせの菌でもあります。

 また、感染とは少し異なりますが、レンサ球菌の中には健康な馬の腸内細菌叢の一部を構成している一方、炭水化物の多給によって腸内で異常に増殖し、食餌性蹄葉炎の発症に関与する可能性がある菌が存在していることも報告されています。

さいごに

 筆者は馬の細菌感染症の研究を20年以上続けていますが、レンサ球菌による感染症は奥が深くまだまだ十分に理解できているとは言えません。今後も研究を続けるとともに、最新情報について皆様にご提供していきたいと考えています。

日高育成牧場
生産育成研究室
室長 丹和秀和