水の重要性について

 馬の栄養を考えるときには、エネルギーやタンパク質、ビタミン、ミネラルなどが話題に上ることが多いかと思います。話題となる機会は少ないものの、非常に重要で欠かすことのできない栄養素は「水」です。馬のカラダは60~70%が水分で構成されており、血液循環や消化吸収、代謝老廃物の排泄、発汗による体温調節など、あらゆる生命活動を支える基盤となっています(NRC, 2007)。水が不足するとわずかな脱水でも運動能力の低下や食欲の減退が起こり、さらに重度に進行すれば疝痛や熱中症といった致死的な病態を引き起こします。今回は飼養管理を考えるうえで非常に重要な「水」について改めてご紹介いたします。

馬の水分要求量と影響因子

 成馬の1日あたりの水分要求量は体重100キロあたり約5リットル、体重500キロの馬では25リットル前後が基準値とされています(NRC, 2007)。しかしこれはあくまでも目安であり、飼料内容や気温、湿度、運動強度などによって大きく変化します。特に、飼料の水分含量は飲水行動に直接影響を及ぼします。乾草主体の給与では飼料中の水分が少ないため飲水量は増加し、逆に青草を多く与える場合には青草中の高い水分含量によって飲水量が減少します(Geor et al., 2013)。一方で、飼料中の塩分や濃厚飼料の多給も飲水欲求を高める要因であり、日々の飼料設計も重要です。

 また、環境温度も重要な影響因子となります。夏季は発汗量が増えるため飲水量も増加しますが、冬季は寒さにより飲水欲求が低下する傾向が報告されており、夏季と冬季で1日あたりの飲水量は15リットル程度の差があると言われています(Houpt, 2011)。冬季に水分摂取量が不足すると、消化管内容物の水分量が低下し、疝痛のリスクが高まる可能性があると言われています。特に氷点下環境では水が凍結しやすいため、加温して与える、あるいは凍結防止装置を活用するなどの工夫が必要となります。

 輸送や環境変化によって、馬が水を飲まなくなった経験のある方も多いのではないでしょうか。これは馬が水の味や臭いの違いに敏感に反応するためです。鉄分や硫黄が多い水は嗜好性を損ない、摂取量の減少につながることが知られています。また、細菌汚染は下痢や感染症のリスクを高めるため、常に清潔で新鮮な水を供給することが重要です。環境変化による水分摂取量の低下を防ぐためには、普段から与えている水を持参する、甘味を加えて嗜好性を高めるなどの対策が有効と言われています(Geor et al., 2013)。

発汗と水分・電解質の喪失

 温暖化の影響か、近年は北海道でも30℃を超えるとても暑い日が多くなってきました。馬は発汗によって効率的に体温を調整しますが、その代償として大量の水分と電解質を失います。激しい運動では1時間に10~15リットルもの汗をかくことがあり(Pagan, 1998)、高温多湿環境ではさらに多量の水分喪失が起こります。馬の汗にはナトリウム、カリウムなどの電解質が高濃度で含まれるため、これらが水分と同時に失われることで体液の浸透圧や神経・筋肉の働きが乱れる可能性があります。そのため運動後には水とともに電解質を補給することが重要と言われています(Cymbaluk & Lindinger, 1998)。

実践的な管理のポイント

日常的な水分管理には、以下の取り組みが推奨されます。

まとめ

 水は最も基本的かつ見過ごされがちな栄養素です。水分要求量は飼料内容や気温によって大きく変動し、また不足すると熱中症や疝痛のリスクが高まります。今回の記事が、「水」について改めて考えるきっかけとなりましたら幸いです。

日高育成牧場
 生産育成研究室
根岸菜都子