初乳がつなぐ母馬の栄養と子馬
子馬の誕生が本格化する季節となりました。生産地では、母馬の栄養管理が子馬の健全な発育を支える基盤であることが広く認識されています。近年、この考え方をさらに発展させる概念として注目されているのがDOHaD仮説です。DOHaDとは「Developmental Origins of Health and Disease」の略であり、将来の健康や特定の病気へのかかりやすさは、胎子期や生後早期の環境の影響を強く受けて決定されるという考え方です。胎子は母体から供給される栄養や代謝情報をもとに、生まれた後の環境を予測しながら臓器や代謝機構を形成するといわれています。そのため妊娠期の栄養状態は、出生時の体格だけでなく、成長後の代謝特性や疾病リスクにも影響し得ると考えられています。
馬においても、胎盤を介した栄養供給と出生直後の初乳摂取は、子馬の発育と免疫獲得に直結します。特に初乳は移行抗体(免疫グロブリン)の供給源として不可欠であるだけでなく、脂質や微量成分を通じて新生子の腸管成熟や代謝適応を支える重要な栄養源でもあります。出生直後にどのような初乳を摂取するかは、その後の腸内環境形成や疾病抵抗性にも関わる可能性があり、「胎内から出生後までの連続した栄養環境」をどう整えるかが重要な課題となっています。
母馬の肥満が初乳と子馬の代謝に及ぼす影響

こうした視点から興味深い研究のひとつをご紹介します。Roblesら(2023)は、母馬の肥満が胎子期から新生子期にかけて子馬の代謝環境に及ぼす影響を検討しました。
肥満群と正常群の母馬を比較したところ、胎盤の大きさや構造には大きな差は認められなかった一方で、出生直後の初乳成分には違いがみられました。肥満母馬の初乳では長鎖不飽和脂肪酸の割合が増加、中鎖脂肪酸の割合が低下しており、出生直後に子馬が受け取る脂質バランスが異なる可能性が示されました。増加した長鎖不飽和脂肪酸は消化吸収に時間がかかる脂肪酸である一方で、低下した中鎖脂肪酸は素早く分解・吸収されてエネルギーとなることが知られています。このような初乳成分の違いは栄養価の差にとどまらず、腸管の成熟や腸内環境形成、免疫機能の発達にも影響する可能性があります。
さらに本研究では、子馬の血中脂肪酸組成にも出生時から脂肪酸バランス(オメガ3脂肪酸/オメガ6脂肪酸比)に差が認められ、その傾向が90日齢まで持続した可能性が示されています。胎子期から新生子期にかけての栄養環境が、成長初期の代謝特性に影響を残し得ることを示す結果といえます。
まとめ
妊娠期の母馬管理については、「不足させない」だけでなく「過剰にしない」視点で捉えることも重要です。本研究が示したように、母馬の肥満は初乳成分や子馬の脂肪酸代謝を通じて、出生後の栄養環境に影響を及ぼす可能性があります。生産現場では妊娠後期に濃厚飼料を増給する場面も多いですが、急激な増体を避け、BCSを適正に維持することが初乳の質を保つ上でも重要となります。初乳の質を守ることは免疫獲得だけでなく、子馬の長期的な発育を支える基盤にもつながると考えられます。
今後は子馬の成長や競走能力との関連を含めた研究の進展が期待されますが、胎子期から出生後までの栄養環境を整える取り組みは、生産地における新たな指針のひとつになり得るかもしれません。
日高育成牧場
生産育成研究室
根岸菜都子